ダイバーシティー進化論 日経新聞より

CECD東京センター所長:村上由美子

国際機関などで様々な国籍の同僚に囲まれて働いてきた私は、「自分は偏見を持たない人間だ」と勝手に思っていた。
その自己意識がとんでもない勘違いだと気付かされたのは、ゴールドマン・サックスのニューヨーク本社で受けたマネージャーの研修だった。
「キャン ユー ヒア ミー?(私の声が聴こえますか)」と題されたそのセッションでは、ニューヨーク・フィルハーモニックの現在と1980年以前の写真を見比べた。
過去、楽団員はほぼ全員が白人男性だったが、今は男女比率は同等で、アジア人を中心とする非白人の姿が目立つ。
きっかけは30年ほど前に導入したブラインド・オーディション。
オーディションを受ける人の前にスクリーンが置かれ、演奏者の性別や人種が審査員に見えなくなった。
とたんに非白人や女性の合格比率が高まった。他にも長身の白人男性が昇進しやすい米国ビジネス界の現状などが紹介された。
人は誰でも無意識の偏見を持っており、それが決断に大きな影響を及ぼす。
しかも多くの場合、そのような先入観を自己認識していない。まさに目からウロコが落ちる研修であった。
翻って日本。国を挙げてダイバーシティー(多様性)推進が叫ばれている。女性活躍推進法が施行され、女性登用の数値目標を掲げる企業も増えた。
しかし、意識変革なくしてダイバーシティーは浸透しない。小柄な女性は建設業には不向き、体育会系のたくましい男性は保育士に向かない、女子は理数系が苦手・・・・
そこに全く科学的根拠はないと理性では理解していても、無意識の偏見が私たちの頭の中でささやく。
育った環境の中で自然と植えつけられたものを完全に取り除くことは難しい。
しかし、そのような偏見を皆が持っていると気づくだけでも、大きな前進だ。
履歴や外見から判断する前に、ちょっと待てよ、と自分に問いかけてみる。その小さな自問を心がけることが、意識改革の一歩となる。
今年誕生175年を迎えるニューヨーク・フィルハーモニック。様々な外見のメンバーの中に、コントラバス演奏者の私の義弟の姿が交じる。
ブラインド・オーディションなしでは、日本人が活躍することは難しかったかもしれない。
無意識の偏見を除外した同楽団は、世界最高峰の地位を維持している。
肌の色は無関係であることを美しい音色が教えてくれる。